2012年2月27日 (月)

いや、どうも、お世話になります。

Photo

まことに申し訳ございません。

こちらのサイトは、わたくし的には、最初に始めたブログでもあり、愛着はあるのですが、ほとんど記事の更新はしていません。
過去の記事はたくさんあります。
おもしろい記事も、まあ、まずまず、あります。

しかし、よろしければ、桐生SNSのブログ
「ほぼ失業カラサワのブログ」をご覧いただきたい。

http://sns.kiryu.jp/

または、こちらのブログをよろしく。

http://blogs.yahoo.co.jp/noyama_walker_karasawa

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2011年12月27日 (火)

歳末の渋谷、そして日本橋三越

Kirin

クリスマスイブの日に東京まち歩き。
ブラなんとか、です。

渋谷駅ハチ公前。ものすごい人の数。

ホームレスの男性が路上で冷たくなって見つかったようで、
いきなり、そのご遺体を回収しているところに出くわしました。

回収作業をしていたのは都の職員のかたでしょうか、区の職員のかたでしょうか。
あの銀色というかネズ色の袋にご遺体を横たえて納め、ジッパーを手際よく閉めます。
ホームレスのかたの遺品と思しき荷物、カバンや包みを袋に入れて持って行きます。

しかし。
その周囲では、イブに待ち合わせたカップル、若者、家族連れが笑顔で歩いて行きます。
なにごともないように。

確かに、10㍍か20㍍離れたら、その先で何が起きているか分からないような人ごみ。

イナカの駅前で人が死んでいたら大騒ぎですよ。
さすが大都会。

Mitsukoshi1

すぐに銀座線に乗って日本橋・三越へ。

日本橋のこの麒麟は、東野圭吾『麒麟の翼』の麒麟であろうか。

ふだんは三越に何の用もありません。
今回は日本橋三越本店・本館7階催物会場で催されていた
第52回2011年報道写真展(東京写真記者協会主催)を見る用があったのです。

年末恒例。会期は12月16日から25日まで。

どうしたって、今年は大震災。

グランプリの東京写真記者協会賞を受賞した作品は、あまりにも有名になりました。
読売新聞東京本社写真部の立石紀和記者が撮った組写真「ままへ」。
会場入り口に掲示されていました。

http://tokyoshakyo.org/results/

http://photo.sankei.jp.msn.com/essay/data/2011/12/1201photo/

両親と妹を津波で奪われた4歳の女の子の寝顔。
覚えたばかりのひらがなで、ノートに「ままへ」の手紙を書きます。

……………………
ままへ。
いきてるといいね
おげんきですか
……………………

自分で書いた「か」の字が気に入らなかったのか、「か」の字を×で消して、
その隣に新しく「か」の字を書き直したところで疲れてしまったのか、
ノートに突っ伏して眠ってしまった。

そのときの事情については、立石記者本人が東京写真記者協会のウェブサイト「この一枚」のページに記しています。

http://tokyoshakyo.org/ichimai/

Mitsu2

ところで。
ワタシの偏見でしょうか。

この年の瀬に、三越本店の高級品を売っている各フロアを見ますと、
やはり、リッチというか、富裕層のかたがいる。
特に分かりやすいのは女性。
高級そうなコート、襟まわりにはふわふわのファー。

そういうマダムは、入場無料の報道写真展の会場なんかには、なかなか入ってこないようなんですね。

渋谷の雑踏の路上で冷たくなっていたホームレスのかた。
家族を失った岩手県宮古市の4歳の女の子。
日本橋三越で買い物をするファーのマダム。

再び銀座線に乗り、上野広小路へ向かいました。

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2011年12月15日 (木)

情報混乱の典型例

Kyougijou

みんなで乗ろう熱気球
避難者と市民が共同企画
18日に旧北中校庭で

―との見出しで、桐生タイムス1面のトップ記事として掲載されたのが2週間前、12月1日(木曜日)のことであった。

http://www.kiryutimes.co.jp/news/2011/1201/1112011.html

こういう催しである。

桐生タイムスの記事を一部引用

……………………………………………………………………
 熱気球に乗って空から地域の景色を楽しんでもらおうと、東日本大震災や原発事故で桐生市近隣に避難している人たちと地元市民が一緒になって、熱気球の搭乗会を企画した。18日午前8時から同11時まで、桐生市西久方町一丁目の旧北中学校校庭で行う。主催者は「桐生近隣に住む仲間として、避難者と市民で一緒に何かをしたかった。ぜひ多くの人たちに乗ってほしい」と来場を呼びかける。
 桐生広域福島県人会(上野文雄会長)が、福島県などから桐生市近隣に避難している人たちと企画したもので、NPO法人北関東産官学研究会(根津紀久雄会長)、きりゅう市民活動推進ネットワーク(中里嘉吉代表)などが共催する。
……………………………………………………………………

おお。
旧北中学校の校庭でやるのか、おもしろそうだから見に行ってみようか、
と思って予定していたら。

どうも違う話が聞こえてきた。

「いや、元宿町の桐生市陸上競技場でやる」
「いやいや、そうじゃない。相生町のユーユー広場でやる」
と。

え?
いったい、どうなってるの?

①「旧北中学校校庭」説あり
②「陸上競技場」説あり
③「ユーユー広場」説あり

12月1日付の桐生タイムスを見ると確かに
「桐生市西久方町一丁目の旧北中学校校庭で行う」
と書いてある。
だけど、あちこちに張り出されているポスターを見ると、
「桐生市陸上競技場(桐生商業高校となり)」
と記されているものあり、
また違う場所のポスターでは、
「ユーユー広場」
と記されているものあり。

Yuyux

諸説紛々、情報錯綜。
混乱の極みである。

こんなことだと、主催者の情報管理能力、広報能力にギモンの声が出てもおかしくない。

新聞記事やポスターを見て楽しみにしている市民が、当日「会場」へ行ってみると。
「あれ?」
「どういうこと?」

朝から「会場」に出かけたけれど、何もやっていない。
熱気球なんかない。
楽しみにしていた熱気球に乗れない。
子どもたち、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんかもしれない。

怒るよね、当然。

「このイベントの責任者って、だれ?」
「責任者、出て来い」
ということにもなりかねない。

主催団体の信用はガタ落ち必定である。

本番は18日(日曜日)である。
これ、なんとかフォローしないと、まずいッスよ、ホントに。
どうするつもりなんだろう。
事態の深刻さが分かっているのか、いないのか?

ポスターに記してあった問い合わせ先に聞いてみました。
「正解」は、ユーユー広場だそうです。

ポスターの文字、「産官学」が「産管学」になってるし。
あ~あ。

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2011年10月14日 (金)

紅葉の奥日光・小田代原に「湖」出現

Oda6

紅葉の奥日光へ行ってまいりました。

小田代原(おだしろがはら)に先月の台風12号の大雨で「湖」ができ、湖と紅葉の共演を見ようと大勢の観光客が訪れている、湖ができたのは4年ぶりである、とのニュースを聞きまして。

もう、たまらず。ひと目見たい、と。

こちらをご覧いただければ幸いでございます。

http://sns.kiryu.jp/

http://blogs.yahoo.co.jp/noyama_walker_karasawa

Oda1

Oda2

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2011年9月 8日 (木)

桐生SNSのブログをご覧ください。

Copykao

毎度ありがとうございます。

桐生SNSのブログ
「ほぼ失業カラサワのブログ」をご覧ください。

http://sns.kiryu.jp/

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2011年9月 5日 (月)

鳳仙寺 おばけ寄席

Sanmon

第8回鳳仙寺おばけ寄席 真打ち競演が9月3日(土曜日)夕刻から、
桐生市梅田町一丁目、曹洞宗桐生山鳳仙寺本堂を会場に催されたのであります。

http://www.hosenji.or.jp/

毎年恒例の鳳仙寺おばけ寄席のことは聞いておりましたが、じっさいに出かけてみたのは、ワタクシ、今回が初めて。
ほかはもう、常連さんばかりみたいです。

Hitobito

ワタクシ、お寺の本堂で夜やる「おばけ寄席」ですから、すっかり勘違いして、というか、大いに期待を高めておりました。
三遊亭圓朝ばりの怖い怖い怪談噺をやるのかと。
帰り道、ひとりで帰れなくなったらどうしよう、なんて心配して。

そんなに怖い噺をやる会じゃなかったんですね。

出し物は三つ。

瀧川鯉之助改め(昨年5月に真打昇進)、
春風亭傳枝(しゅんぷうていでんし)さんの落語「湯屋番」。
勘当された道楽者の若旦那が、女湯見たさに湯屋の番台に上がり勝手な妄想を膨らませるという、アレです。
これなんか怪談どころか完全なる滑稽噺だし。

瀧川鯉昇(たきがわりしょう)さんの落語「へっつい幽霊」。
「へっつい」とは、昔の家で土間に置いた「かまど」のことですな。
幽霊は出てくるが、カネにだらしない博打好きの男の幽霊。

神田愛山(かんだあいざん)さんの講談「海坊主の祟り」。
これがいくらか怖かった。
廻船業というか、昔の船乗りの話。
航海中に海魔(かいま)に襲われてしまう。
昔の人の言うこと、昔からの言い伝えにはちゃんと何かしら意味があって、それを無視すると怖い目に遭いますよ、と。

さすがの真打ち競演、おもしろかったです。
楽しませてもらいました。

Aizan

それにしても。

本堂の祭壇の前に高座が設えてあって、その前に百目蝋燭っていうんですか、太い蝋燭が2本立ててあって。
ああ、噺が始まったら照明を暗くして蝋燭を点けるんだな。
台風のために時折強く降る雨の音もザアザアと物凄い。
ムード満点だな。

と思っていたら。
最後まで蝋燭に火がつくことはなかった。

なんだ、そういう演出じゃないのか。

ほんとうに、ほんとうに背筋も凍るような怖い話、どこかにありませんかね。

ふ、ふ、ふ、ふ、ふ…

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2011年7月14日 (木)

「八日目の蝉」と「コクリコ坂から」

Youka

「八日目の蝉」、角田光代の原作小説(中公文庫)を結局、読んでしまった。

http://www.chuko.co.jp/bunko/2011/01/205425.html

http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20110613-OYT8T00602.htm

映画を観て、NHKのドラマを観て、小説を読んで。
念入りだ。

映画の主演は永作博美、井上真央。
いい。
女優がいい。
小池栄子もいい。
子役がいい。

映画のサイト

http://www.youkame.com/index.html

NHKのドラマの主演は檀れい、北乃きい。
これは、檀れいが好きか嫌いかで評価が分かれちゃうかな。
ああいう宝塚的な派手な美貌で、小豆島に身を潜めて隠れていられるとはとても思えない。
(それを言っちゃあ芸能なんて成り立たないけれども)
だから逆に、男からちょっかい出される話が妙に生きてくる。

NHKドラマのサイト

http://www.nhk.or.jp/drama/semi/

で。
映画とNHKドラマとどっちがいい、といわれれば。

映画です。

女優がいい。子役がいい。
映像づくりが丁寧。小豆島が美しい。

特に子役の問題。
母子ものなので、ある程度以上、子役で泣かせる話なのに、
NHKドラマのほうは子役の演技の演出まで手が回っていない感じ。

Kokuriko_2 

さて次は。

スタジオジブリの新作「コクリコ坂から」の話です。

http://kokurikozaka.jp/

角川書店のキャンペーンに乗せられて、
原作になった少女マンガ(高橋千鶴、佐山哲郎)と映画の脚本(宮崎駿、丹羽圭子)、
両方とも読んでしまった。

いずれも角川文庫版で、セットのようにして売っているんだもの。

http://www.kadokawa.co.jp/sp/201105-07/

原作の少女マンガは1980年に雑誌「なかよし」に連載された300ページほどの作品。
1970年代を舞台に、高校生の純愛、出生の秘密、高校の制服自由化をめぐる学園紛争などが描かれている。
まあ、マンガ作品としては成功しているとは言えない。
少女マンガらしい失敗作である。

巨匠・宮崎駿自身が「不発に終った作品である」と断じている。
巨匠はさらに、
「結果的に失敗作に終った最大の理由は、少女マンガが構造的に社会や風景、時間と空間を築かずに、心象風景の描写に終始するからである」
というのである。

それなら、巨匠は何故そんな少女マンガを下敷きに新作の企画を立てたのであろうか。
そこが凡人には分からないところだ。
ホントに分からない。

巨匠は、少女マンガの失敗作をバリバリ書き直し、新しいアイデアをガンガン注ぎ込み、人物や時代の設定も変えた。

すると、あ~ら不思議。
あの、さして面白くもなかった少女マンガのお話が、見事な映画脚本になったのである。

マンガと脚本を読み比べてみると、ちょっと驚きますよ。
巨匠の仕事の跡、仕事の仕方というのが少しは分かるような気がする、貴重な体験でした。

大幅に変わりましたが、一例として時代設定のことだけいうと、
少女マンガは、大学での学園闘争の影響が高校にまで及んだ1970年代。
映画脚本は、1963年(昭和38年)、東京オリンピック前年の横浜。主人公の高校生たちは団塊の世代。太平洋戦争、朝鮮戦争の影を引きずっています。

ところが、だ。

映画「コクリコ坂から」はこれから公開される。
当然、まだ観ていない。

でも脚本を読んでしまうとね、
このシーンはこういう動画になるだろう、
この建物はこのアングルから描くだろう、
この人物はここでこう動くだろう、
このセリフはこんなタイミングで、
二人がコロッケを食べる夕暮れはこんな感じだろう、
週刊カルチェラタンのガリ版の文字はこんなだろう、
高校の理事長の体格と服装はこんな感じだろう、
タグボートと巨大貨物船の大きさの違いはこんなだろう、
海を描いた百号の絵の色はこんなだろう、
と、
まるで映画をまるまる一本観たように想像してしまうわけです。

映画の監督は、巨匠の息子、宮崎吾朗。

期待半分、怖さ半分。

ワタシ、こうなったら映画も必ず観ますけれども、
「おいおいゴローちゃん、ここのシーンはそういう絵じゃないだろう!」
「オマエ、オヤジの書いた脚本がちゃんと読めてるのか!」
とか言ってしまいそう。

以上みてきたように、最近の自分の読書傾向というのは、
完全にメディアに踊らされてますね。

いかんな、とか言いながら、面白ければいいや、まあ。

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2011年6月30日 (木)

桐生SNSのブログ 見てね

Che2

「ほぼ失業★ときどき野山あるき」
なかなか更新できません。

桐生SNSのブログ
「ほぼ失業カラサワのブログ」をご覧ください。

検索は「ほぼ失業カラサワ」で。

「ほぼ失業」だけでもトップに出ます。

http://sns.kiryu.jp/blog/

http://sns.kiryu.jp/blog/blog.php?key=2290

Twitterも始めました。

http://twitter.com/hobo_karasawa

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2011年6月 3日 (金)

「遠くへ行きたい」 桐生で撮影中

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日本テレビ系列で毎週日曜日の朝7時半から放映されている旅番組「遠くへ行きたい」。

もう、民放の旅番組の本家本元と言いますか、
放送開始は1970年10月だから40年以上、
放送回数2000回を超えた長寿番組であります。

ワタシも中学生のときから観ていたんだけれども、
最初は永六輔さんが旅人をやってました。

で。

その「遠くへ行きたい」の撮影がきょうから3日間、つまり
6月3日(金)
6月4日(土)
6月5日(日)
の3日間、桐生市、みどり市で行われています。

旅人は、俳優もやりコメディアンでありタレントの石倉三郎さん(64歳)。

放送予定は6月26日(日)です。

きょう初日の撮影は、桐生市内のノコギリ屋根の織物工場の建物を活用したお店や施設を巡りました。

おやおや。
旅人の石倉三郎さんを案内しているのは
観光案内の活動を展開するNPO法人桐生再生の清水宏康さんですよ。

石倉さんと一緒に、着物の着流し姿とは、また格好いいじゃありませんか。

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そしてあす4日は第1土曜日。

桐生のまちなかで第1土曜日と言えば、
天満宮境内の古民具骨董市
本町一丁目の買場紗綾市
本町通りの楽市茣蓙座
の三大市の日。

「遠くへ行きたい」撮影隊は、三大市のまちなかへ繰り出していくはずでございます。

そしてあす4日は第1土曜日。
FM桐生の生番組
「柄澤・小林 おしゃべりサンデー改めおしゃべりサタデー」放送日(10時~12時)であります。
「遠くへ行きたい」撮影の話もすることになるだろう。
するのか?
するな、きっと。

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2011年5月30日 (月)

桐生SNSのブログをご覧ください

Photo

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検索は「ほぼ失業カラサワ」で。

「ほぼ失業」だけでもトップに出ます。

http://sns.kiryu.jp/blog/blog.php?key=2233

Twitterも始めたんだけれど、どうも要領が分からない。
「なう」とか書くの?あれ。

http://twitter.com/hobo_karasawa

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