2009年2月19日 (木)

少年メリケンサック

Img039

NHK大河ドラマ「篤姫」と並行して撮影されたという。

宮藤官九郎監督・脚本、宮崎あおい主演、
「少年メリケンサック」を観たくて観たくて、
観てきました。

期待どおりに楽しめました。

公式ウェブサイト

誰が観てもおもしろい、という映画ではないし、
もちろんそんな必要もない。

「汚くて、臭くて、うるさい」(劇中の宮崎あおいのセリフ)、
パンクのコメディー映画であります。

佐藤浩市はいきなりゲロ吐くし。
宮崎あおいは、牛フンを顔に投げつけられてベッタリ。
佐藤浩市は、宮崎あおいの彼氏(絵に描いたようなダメ男)のことを、
「チンコ、でかいのか?」
「チンコ、でかいのか?」
と言い続けるし。
エロ写真のオッパイが揺れて見える方法を編み出したり。

いやもう、いいね。
coldsweats01

そんなふうだが、ちゃんとした映画になっている。
いわゆるウェルメイドプレーというか、
ウェルメイドコメディーになっている。

下品さを遊んでいるというか、結局、下品な映画にはならないんだよね。

だって。
宮崎あおいだし、
佐藤浩市だし、
田口トモロヲだよ。

いいね。

あれで、下手くそな役者がやったら、グズグズになっちゃうのかもしれないが。

それで。
アキオ(佐藤浩市)とハルオ(木村祐一)が兄弟なんだけど、女をめぐる因縁だとか、親をめぐる因縁だとか、過去と現在を行き来する、なかなか込み入ったストーリーもあります。

宮崎あおいの会社の社長がユースケ・サンタマリア。
宮崎あおいの実家は回転寿司屋で、親父が哀川翔。

まあ、興味のあるかたは、どうぞ。

誰が観てもおもしろい、という映画ではないし、と書いたけど、
誰が観てもおもしろいほうの部類かもしれないぞ、これは。

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2008年7月10日 (木)

お久しぶりね

このひと月、身も心もよく動いた。
動かなかったのは、このブログぐらいだ。

桐生市の路線バス・おりひめバス梅田線で梅田公民館入口まで行き、復路を歩いて帰ってきたのはさすがに疲れた。

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でも、まあいい。
おもしろかったから。

ぐんま製茶の工場を見学して、桑の葉をお茶に加工するところも見られた。

群馬県立桐生高校の同窓会懇親会を、FM桐生の生中継番組にして放送したのはさすがに疲れた。
司会とその準備にかなりの精力を注ぎ込んだ。

でも、まあいい。
おもしろかったから。

同窓会長や桐生市長、みどり市長のスピーチもよかった。
懐かしい先生や同級生に会えた。
あら、あの人も桐高だったのか、と知るのもおもしろかった。

FM桐生ブログ参照

桐高の同窓会をやって、
ぐでんぐでんになって帰ってきて、
翌日にはFM桐生の長時間生放送番組
「柄澤・小林 おしゃべりサンデー」
を午後6時までやって、
その夜に
映画「クライマーズ・ハイ」を観に行ったのはさすがに疲れた。

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でも、まあいい。
おもしろかったから。

とにかく。

原作の横山秀夫さんの小説とは、かなりの部分で違う。
いや、映画化すれば、映画は映画作品として変えてくるだろうとは思っていたが。
想像していた以上に、相当に違う。

「クライマーズ・ハイ」は、NHKが2005年にテレビドラマ化した。
このNHKドラマ版では、映画版で堤真一が演じている主人公・北関東新聞社の悠木を、佐藤浩市が演じた。
比較すると、NHKドラマ版はかなり原作に忠実だった。

NHKドラマ公式サイト

Nhkhigh03

結局は、
原作を読み、
NHKドラマ版を観て、
映画を観た。

妥当だったと思う。
いろいろに楽しめる。

少々屈折した遊軍記者で、日航全権デスクにされた悠木という男。
演じる佐藤浩市と堤真一。
その人物像、役づくり。

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映画で県警担当キャップ・佐山記者を演じる堺雅人。
いいねえ。
いいだろうとは思っていたが、やっぱりいい。

しかし、佐山と一緒に現場に登ってきた神沢記者が、ああいうことになろうとは…原作にはない話だ。

それと、原作では群馬大学工学部卒で、圧力隔壁原因説の“幻のスクープ”をつかんでくる玉置記者。
映画では女性記者になっている。

NHKドラマのDVDは、みどり市立大間々図書館で借りられます。
前・後編に分かれ、それぞれ74分でしたから、映画に匹敵する長尺ですな。

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2008年6月 6日 (金)

桐生市議会も KYON2も

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きのう6月5日は、桐生市議会6月定例会の初日であった。

午前中の本会議を傍聴。

国民健康保険事業の補正予算。
その専決処分報告をめぐる質疑・討論に終始した。

ようするに、
国保を維持するための台所が、
非常に厳しい。
たいへん苦しい。

午前中の本会議の主役は、
国の無責任をなんとかしろ―と訴え、国保税値上げの動きを牽制する共産党議員と、
答弁に立つ市民生活部長であった。

市役所の部長もたいへんだな。
あんな立場にはなりたくないものだ。
―と思うと同時に、
国民の生活を守るためのはずの社会保障制度が、
国民の生活を圧迫し破壊しかねない。
恐ろしいことだと思う。

国保税が高くて払えない人、いっぱいいるもんね。
他人ごとではない。
ホントに。

生活は苦しいが、
それはともかく。

最近は、パート勤務先の桐生市民活動推進センターのブログ、
「ゆい@blog」の記事を書くのに相当な精力を注ぎ込んでしまい、
こちらの個人ブログの更新がなかなかできない。

リンクをしておきますので、よろしかったら、
「ゆい@blog」
見てみてください。
「お気に入り」(ブックマーク)に入れておいてください。
けっこう面白く書けていると思うが。

面白い、といえば。
FM桐生の生番組でしゃべるのも、かなり面白いのだが。

特に面白く、かつ苦しいのが、
毎回の番組でかける音楽の選曲である。

FM放送で流すのに相応しい、いい曲でなければならないし、
だいいち、自分の好きな、ひとにも聴かせたい曲でなければ。

ついつい欲が出る。
だから苦しい。

2回続けて、小泉今日子の特集をやってしまった。

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ご存じのように、
(ご存じではないか?)
日本テレビの「スター誕生!」で合格した
小泉今日子は1982年デビュー。

デビュー1曲目、2曲目はカヴァー曲であり、売り上げもパッとしなかったのだが。
5曲目の「まっ赤な女の子」(筒美京平!)あたりから注目され、
「艶姿ナミダ娘」
「渚のはいから人魚」
「迷宮のアンドローラ」
「ヤマトナデシコ七変化」
「The Stardust Memory」
「なんてったってアイドル」
「木枯しに抱かれて」

などヒットを飛ばし、

80年代を代表するアイドル、
アイドルの中のアイドル、

アイドル オブ ザ アイドルズ
になったのである。
(この際、ビッグネーム・松田聖子の問題は、棚に上げておく)

だが、しかし。

小泉今日子の最大のヒット曲は、
じつは、90年代になってから生まれたのであった。

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シングルの売り上げベスト3は、
①「あなたに会えてよかった」91年
②「優しい雨」93年
③「May Sweet Home」94年

この3曲とも、コイズミ自身による作詞である。
そして、すでに「女優」コイズミになっていた。

このへんが、この人のすごいところである。

で。

FM桐生の中高年向け人気看板番組(?)
「柄澤・小林 おしゃべりサンデー」では、
1時間あたり5曲の音楽を用意しておくのである。

前回6月1日の生放送でも、
小泉今日子の90年代の曲を5曲用意したのであるが、
結局、3曲しかかけられなかった。

パーソナリティーのワタシが、
コイズミの歴史、
コイズミの偉大さについて熱弁を振るい、
しゃべり過ぎて時間が足らなくなってしまったのである。

観てきた映画「山のあなた 徳市の恋」についても、
間もなく公開される映画、
堤真一主演の
「クライマーズ・ハイ」
そして、
ご存じ、ハリソン・フォード主演
(ハリソン・フォード、65歳だぜ)
19年ぶり!のシリーズ第4作
「インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」
についても話をしようと思ったのに。

時間がない。

桐生高校同窓会の総会イベントも、もうすぐ。

焦る。

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2008年3月11日 (火)

明日への遺言

東京大空襲から63年がたった3月10日。
太田イオンシネマで
映画「明日への遺言」を観た。
「あす」ではなく「あした」と読む。

山田洋次監督、吉永小百合主演の「母べえ」に続いて
我ながら、どうもこのところ
こういうものに関心があるようだ。

2

極東軍事裁判でB級戦犯とされた軍人
東海軍司令官・岡田資(たすく)中将の法廷闘争の話だ。
大岡昇平のノンフィクション「ながい旅」が原作。
小泉堯史監督。

岡田中将とその部下は
名古屋大空襲の無差別爆撃を行った米軍機搭乗員たちを処刑した罪に問われた。
米軍機搭乗員たちは、被弾した機からパラシュートで脱出して
東海軍に捕まったのだそうだ。

米軍の本格的な本土空襲が始まったのは昭和19年夏以降で、20年に入ると住宅密集地などを標的にした無差別爆撃になった。
それは目標地域の周囲に焼夷弾を落とし、逃げられないように道を塞いだうえで絨毯爆撃を加えるというやり方だったともいわれる。

無差別爆撃は東京大空襲の後も、大阪、名古屋などの大都市のほか地方都市に行われ、広島・長崎の原爆被害を含めると、50万人以上の民間人が犠牲になったと。

1

こんな映画を
平日の午前中から観にくるやつは珍しいだろうと思っていたら。
30人も40人も観客がいたので、まず驚いた。

そして。
この裁判では弁護人も検察官も裁判官もアメリカ人(だと思う)が
アメリカ人弁護士が
「米軍の無差別爆撃は国際法違反に当たる戦争犯罪ではないのか」
と主張するのに驚いた。

岡田中将は絞首刑の判決を受けるのだが
アメリカ人検察官が岡田中将の助命嘆願をしたというのに驚いた。

でも、まあ結局。
敗戦国は戦争犯罪の責任を問われ
戦勝国アメリカの戦争犯罪は問われないまま
アメリカはいまだに戦争を続けているというわけだ。

ああ。
アメリカよ。

そういえば
橋本忍脚本
中居正広、仲間由紀恵主演の映画
「私は貝になりたい」の制作が進んでいて
今秋11月に公開されるそうだ。

そういう「何か」が来ているのかもしれない。

さて。
このところ日常生活が盛りだくさんすぎて。
何から書いていいやら悩むほどだ。
そんなわけでブログの記事も進まないというわけ。

2月の末には
ワタシの野山歩きの先生、K島さんが出演するFM桐生の新番組収録があった。
内容は野山歩きの楽しみを語るということで。
K島さんとワタシの掛け合いトークである。

放送は4月からなのだが
短期集中で収録してしまえということで。
30分番組13回分を
なんと3日間で録った。

ワタシのパート仕事の休みの日に収録したのである。
そんなわけで休養日がなく
いささか疲れた。

2月末には
ひょんなことから携帯電話の端末を買い換えた。
予定外であった。
3年半ぶりに機種変更をしてFOMAになった。

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おっと。
3月2日のG-FIVEロード1周年記念イベントのことも書いておかなければなるまいが。

080302

それは、また今度だ。

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2008年2月 1日 (金)

我が家の鬼の面

1989年(平成元年)2月3日に
ワタシが描いた鬼の面。

Img010

節分の豆まきで使おうと
思いつきで、その場で描いて
わりとうまく描けて
家族も気に入って
毎年の豆まきで、ずうっと使ってきた。

それが
今年の節分で、ちょうど20回目になる。

輪ゴムをガムテープで裏面につけて
輪ゴムを耳にかけて使う。

何度も輪ゴムをつけかえて
ガムテープを張りかえてきた。

さすがに古びたが、まだ立派に使える。

Img011

裏面に作った日付を書いておいた。

裏面の下のほうには
当時まだ4歳だった娘が書いた日付もある。

まさか20年も使うとは思わなかった。

今年ももう福豆(国内産大豆)が買ってある。
2月3日の夜は、また鬼役をやるのだろうな。

ところで
今夜の日本テレビ「金曜ロードショー」は
DEATH NOTE デスノート」。

いままで関心なかったが
けっこう面白いじゃないか。

金子修介監督とは知らなかった。
さすが
にっかつロマンポルノ出身でありながら

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大映のガメラ(平成3部作)と
東宝のゴジラ(ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃)
を両方撮った唯一の監督である。

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2007年12月 1日 (土)

サル?の手形

ある日
クルマのフロントガラスの右上隅に
こんな手形がクッキリ付着していた。

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写真だと大きく見えるが
(大きくして見やすいように接写したのだが)
人間のものだとすると
赤ちゃんの手の大きさ(小ささ)だ。

人間の赤ちゃんがクルマのルーフに上るわけはない。
だいいち人間の手の形ではない。

ネコの手形(足形?)ではない。

指紋がはっきり付着している。
掌紋もはっきり付着している。

掌紋とは、手のひら全体にある皮膚の隆起線のことだ。

指紋同様に万人不同で一生変わらないもので
犯罪捜査にも使われるという。

人間のように指紋、掌紋のある動物。

サルのもの
と考えざるをえない。

このクルマを使っていた妻の話によると
おそらく桐生市堤町地内に駐車していたときに
付着したものだろうという。

サルとともに暮らすまち、桐生である。

クルマの運転席に座って、内側からも撮影してみた。
よく写るように背景に雨傘を置いた。

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掌紋といえば
ベストセラーになった長編サスペンス小説
「犯人に告ぐ」
(雫井脩介著、双葉社、2004年刊行、2007年文庫版刊行)
の中でも、掌紋がストーリーの重要な要素になっている。

神奈川県川崎市で発生した
連続幼児殺害事件。

犯人が送ってきた手紙から
ごく小さな掌紋が採取された。

しかし。
じつは犯人の掌紋ではなかった。

神奈川県警の特別捜査官・巻島史彦警視は
犯人のものではないと知りながら
掌紋照合のローラー作戦を敢行する。
ある着眼から罠を仕掛け、犯人をあぶり出すために…。

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確かにおもしろかった。
文庫本にして上下2巻、650ページ。
3日間で一気に読みました。

「犯人に告ぐ」
この秋、映画化されましたね。

映画公式サイト

主人公の巻島史彦警視に
豊川悦司。

いい。
イメージどおりのキャスティング。

ほかに
石橋凌
小澤征悦
笹野高史
松田美由紀
片岡礼子
崔洋一
井川遥
石橋蓮司

全国一斉公開ではなくて
10月から全国順次公開とのことで
上映館の数は限られるらしい。
太田でも上映していない。

でも必ず観ます。

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2007年10月16日 (火)

エディット・ピアフ

Piaf2フランス・チェコ・イギリス合作映画
「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」を観た。

とにかくハリウッド産ではない洋画を観たかったのだ。

シャンソンの歌姫ピアフのCDは持っていた。
フランスの美空ひばり!?
その波乱の生涯がどんなものか知りたかった。

2時間20分の大作。
見ごたえあった。
予想外の収穫であった。

実録・女の一生。

ピアフの幼児期を演じる子役がひとり。
10歳前後を演じる子役がもうひとり。

そして20歳前後から死ぬまでを演じる女優がひとり。
これがすごい。

マリオン・コティヤールという女優。
まだ30代初めの女優だが、すごいね。

Photo_2ピアフは1915年生まれ、63年死去。
47年とちょっとの短い人生だったそうだが
晩年は病気とモルヒネでボロボロになり
その容姿は80代、90代の老女のようだったという。
じっさい舞台で歌いながら倒れたというし。

その老けっぷりが見事。
そして演技が確か。
女優の“怪演”に圧倒される。

というわけで。

今度の日曜日。10月21日のFM桐生の生放送
「柄澤・小林おしゃべりサンデー」
では
エディット・ピアフの曲を特集してかけることにいたしました。

10月21日はFM桐生のスタジオではなくて
なんと長崎屋桐生店1階フロアの特設会場からの生放送。

もう、自分の姿を、買い物客のみなさまに晒しながらの
「おしゃべりサンデー」です。

どうなることやら。

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2007年7月 3日 (火)

FM桐生開局 いきなり生放送

Watasuge

 写真は、全然関係ないけれど奥日光・戦場ヶ原のワタスゲ。
 6月の21日にたっぷり歩いてきました。

 さて。
 FM桐生が7月1日午後1時、開局。

 いきなりの生放送本番。
 記念すべき開局番組「おしゃべりサンデー」のパーソナリティーを担当させてもらった。

 もう大騒ぎ。
 初日の本放送開始ですからね。
 おもしろかった。

 桐生ガスプラザ3階のスタジオと調整室のまわりには、いろいろな立場の関係者が押しかけてきて。

 「おめでとうございます」
 「がんばって」
 「緊張してる?」
 「大丈夫?」

 FM桐生の社長をはじめ出資者、株主のエライさんも続々。
 新聞記者の皆さんも、調整室から、あるいはスタジオの中まで入ってきて写真を撮って。

 お祝いごとですからね。
 お昼にはお赤飯をいただいて、初の生放送トークに挑んだのであった。

 ラジオのスタジオってガラス張りだから、よく「金魚鉢」ともいわれるんだけど。
 前述のようにエライさんたちも新聞記者も、もちろんスタッフの皆さんも、大勢がガラスの外側に張り付いているから。

 衆人環視の中での生トーク。

 いやあ。
 ワタシも、ほぼ失業状態に陥って長くなるが。
 ひさびさのハレの舞台であったなあ。

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 で。
 翌日の7月2日には新聞に記事が載りましたよ。
 写真つきで。
 読売新聞群馬版。
 上毛新聞。
 もちろん桐生タイムス。

 そんなわけで、放送を直接は聴かなかった人たち、古い知人・友人からも反響続々。

 でもね。
 ワタシはFM桐生の社員でもなんでもないんで。
 市民パーソナリティーという、まあボランティア活動の一環だ。
 いくらかのバイト代はいただきますが。

 これで生活できる、というのではない。

 パート主夫であることには、まったく変わりがないので。
 「ほぼ失業お父さん」の看板を下ろす訳にはいかないのであった。

 パート勤務先は、JR桐生駅北口交差点かどの桐生市民活動推進センター「ゆい」。
 こちらでもブログ書いてるので、よろしかったら見てみてください。
 ↓
 http://63factory.jp/yui/mt/

 次の生放送予定は7月15日(日)午後1時から。
 「柄澤・小林 おしゃべりサンデー」
 聴いてくださいね。
 (^_^)v

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2007年4月27日 (金)

シエラレオネ共和国

Photo_78 いやあ。
 なかなか更新できないのでね。
 身の回りの出来事を散発的に、思いつきで記しておくことにする。

 映画「ブラッド・ダイヤモンド」を観た。

 「血まみれのダイヤ」である。

 1990年代後半のアフリカ・シエラレオネでの激しい内戦を描いた社会派アクション―ということなのだが、とにかく悲惨。
 ルワンダ内紛による大虐殺を描いた「ホテル・ルワンダ」をすぐさま連想した。
 ルワンダは「仕組まれた」民族対立。
 そういえば「ホテル・ルワンダ」はちょうど1年前、去年の4月に観たのだった。

 「ブラッド・ダイヤモンド」は、先進国で消費されるダイヤモンドの不正取引をめぐって起きる、自国民同士の殺し合い。

 アフリカが欧米の食い物にされている、あるいはされてきたことがよく分かる。

 実在のシエラレオネ共和国について、まったく知らなかった。

 世界で最も平均寿命が短い国、だそうである。

 自分の無知がよく分かった。


 以下は日本政府・外務省のホームページからの引用。

 シエラレオネでは、1991年に反政府軍(RUF)が蜂起し、同国で産出されるダイヤモンドを財源に、反政府戦闘行為が断続的に継続。
 1996年3月、大統領選挙を経てカバ大統領が就任したが、1997年5月、政府軍下級兵士による軍事クーデターによりカバ大統領はギニアへ脱出。
 1998年にECOWAS監視団(ECOMOG)によってクーデター派が駆逐され、カバ大統領の合法政権が復帰した。

 1999年10月、国連安保理は、政府勢力と反政府勢力の間の和平合意を実施するための「UNAMSIL(国連シエラレオネミッション)」の派遣を決定し、DDR計画(元兵士の武装・動員解除、及び社会復帰)が展開された。
 以後、2000年5月にRUFによる国連PKO要員拉致事件が続き、再び緊張が高まったが、ECOWAS諸国の仲介により、2000年11月のシエラレオネ政府とRUFとの間での停戦合意、更に、2001年5月の両者間の武装解除の実施方法についての合意がなされる等、状況は平静化した。
 2002年1月18日、カバ大統領は、DDR計画の進捗状況に鑑み、シエラレオネにおける武装解除の完了宣言を行い、また、右に続き、同年3月1日には国家非常事態の終了宣言がなされる等、和平に向けての進捗が見られた。

 2002年5月、大統領・国会議員選挙が自由・公正かつ平和裡に実施され、現職のカバ候補が再選された。
 選挙は約10年以上に亘るシエラレオネの内戦に終止符を打ち、同国における永続的な平和の構築及び民主主義への移行を実現する上で、象徴的な意義を有するものであるとして、我が国を含む国際社会からも注目された。

 国内情勢は、最大時で17,000名の要員で展開したUNAMSILによる治安維持及び軍・警察の機能強化により安定が保たれ2004年9月に全ての州における第一義的な治安維持の責任をシエラレオネ警察に返還するプロセスを完了。
 UNAMSILは2004年末までに要員数を5,000人までに削減、2005年12月末日に完全撤退した。
 UNAMSILの活動は1)統治体制の確立、2)DDR、3)治安回復及び軍・警察の体制確立、4)ダイヤモンド採掘・売買のコントロール、5)グッド・ガバナンス構築を柱とするものであったが、それぞれの任務について大きな成果が見られアフリカPKOにおけるグッド・プラクティスとして国際社会からの称賛を得た。

 2006年1月より平和維持プロセスに移行すべく国連シエラレオネ統合事務所が活動を開始。
 依然として汚職、高い失業率、絶対的貧困、不平等な資源配分など社会経済的な不安要因は未だ解決されておらず、これらの問題に対する政府の対応が必要とされている。

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2007年3月 5日 (月)

渓流釣り解禁

Tsurish_2 3月1日、渓流釣り解禁。

 解禁後初の日曜日であり、ヤマメ成魚の放流日となった4日。
 桐生川上流へ様子を見に出かけた。

 群馬県内では数年前まで、渓流釣りの解禁日は3月20日であった。
 それが、釣り客らへのアピールのためであろうか、解禁日が早まったのである。
 群馬県漁業調整規則などの変更が行われ、禁漁期間も変わった。

 渓流魚といえば、ヤマメ、イワナ。

 特にヤマメは美しく、釣って楽しく、食べておいしい。
 食味は、イワナとまたひと味違う。

 ワタシも、かつては渓流釣りを趣味としていたのである。
 特に30代のころ。

 独学で、我流で。
 だから、あまり釣れない。

 釣りみたいな遊びは、いや何の遊びでもそうだろうが、スポーツと同じで、技術の差がものすごく出るのである。
 ウマイ、ヘタは道具を手にした姿だけで分かるものだ。

 釣りの場合だったら、竿を構えたその立ち方で。

 あるとき見回りに来た漁協の役員に言われた。
 「それじゃあ、あんまり釣れねえダンベ」

 まあね。
 下手
(へた)の横好き、ってことで。

 近年はね、ちょっと川から遠ざかっていたのです。
 川釣りだって料金がかかるのよ。
 それに野山歩きを始めちゃったし。
 同じネイチャー系、アウトドア系でも方向性が異なるのです。

 最後に桐生川でヤマメを釣ったのは、もう2年前。
 2005年の5月9日(月)であった。
 「行動の記録」ノートに書いてある。

 しかし。

 今年はやるぞ。

 そういうわけで、きのう下見をしに出かけたわけだ。

 馬立隧道を抜ける。
 橋場橋あたり。釣り人のクルマが多い。
 梅田ふるさとセンターあたり。特に釣り人が多い。
 一つのポイントに二、三人が並んでいたり。

 上の道路から見ると、けさ放流したヤマメが泳いでいるのが分かる。

 けっこう釣れている。
 明らかに放流ヤマメである。
 大きくて形が揃っている。

 こうなると果たして
 渓流釣りなのか、管理釣り堀なのか。

 馬立橋蛇留淵橋の区間は、ワタシの好きなポイントである。
 川が道路から離れていて。
 少し静か。
 流れが蛇行し、岩場と淵と瀬の変化がおもしろい。

 上の写真の釣り人。
 この写真を取った直後に、その淵のポイントで一匹釣りました。

 目印になる大きな滑滝のポイントに、中年夫婦が陣取っていた。
 最近は女の人もやるんだねえ。
 かなりの数が釣れている。
 魚籠を見せてもらったら、いい形のヤマメが20匹ほども。
 それをもう現場で解体して、内臓を取り始めたよ。

Umekita 道路が拡張された高仁田橋あたりから清風園
 津久原橋から梅北山の家

 そういえば、梅北山の家は近々取り壊されるんだってね。
 これだけ老朽化して、よく今まで建ってたな。

 昔、梅田北小学校だった、という。
 過疎で廃校になり、その校舎を青少年宿泊研修施設にして「梅北山の家」。

 泊まったなあ。小学生だか中学生のとき。
 「梅北山の家の七不思議」なんてのがあって。
 端っこに寝かされたので怖かった。
 隣の布団に寝ていたのがシミズケイジ君だった、なんていう変なことを憶えているものだ。

 裏に長谷寺というお寺がある。

 このへんもいい釣り場だ。
 県外ナンバーも多い。「とちぎ」「熊谷」「春日部」

 川へ下りて昼食。
 ほっかほっか亭ののり弁当(290円)。

 下見はしてみたが。
 どうも違うな。
 こう人が多くてはダメだな。
 もう少し経って、解禁直後の騒ぎが収まってからだ。

 下品な釣り師も多いな。
 くわえたばこのオッサン。困るよ。ホントに。

 ワタシの求める釣り。
 まあ、イメージだけ勝手に言うならばだ。
 深山幽谷に幻の美魚を探し求める、静謐、優美な、文字どおりの渓流の釣り。

Photo_69 洋モノで言うならばだ。
 映画「リバー・ランズ・スルー・イット」(1992年)の世界。
 監督ロバート・レッドフォード
 主演ブラッド・ピット
 (この映画はフライフィッシングだが、ワタシはふつうの、単なる和式のミャク釣りです)

 とにかく絵の美しい、詩的な映画であった。
 美しさに泣けた。

 A River Runs Through It

 川が流れ過ぎていく「It」とは
 もちろん
 「人生」のことである。

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