連載少年冒険読みもの「山の中」第10回
たっぷり一時間半ほどして、ようやく四人の警官がやってきた。
貫録のないヒョロい私服の人が一人。それと捜査のための荷物をいろいろ背負った制服警官が二人。もう一人は鑑識係のようだ。
私服の人は佐藤と名乗った。オジさんが手際よく説明して現場に案内した。
警官たちは白骨死体の所まで下りていって、写真を撮ったり、メジャーで尾根道からの距離を測ったりしている。
「佐藤部長、革の靴もありました」などと声がする。
尾根で見守っていたぼくたちの所まで佐藤部長が上がってきて、オジさんに話しかけた。
「イシによる自殺ですな、やはり」
イシ? イシってなんだ?――あとで辞書をみたら「縊死」、つまり首をくくって死ぬことだって。
「署に運んで調べます。おそらく、県内か近県から出ている失踪者の捜索願の中に、該当者がいると思うんですがね」
「そうですね」
「しかしこのへんは、このあいだの登山者の行方不明騒ぎでよく捜したはずなんだがなあ。こんなものが出るとは…」
日のあるうちに遺体や遺品を収拾するという。
ぼくたちは警官たちを残し、ひと足先に山を下りることにした。
朝から歩いて登ってきた山道。帰りはなんだか気が抜けて、三人とも言葉少なだ。ただ黙々と歩く。
登山口の公園にたどり着いたときには空模様もあやしくなり始めていた。
きょうの出来事をかあさんに話さなくちゃならないな。できるだけ心配させないように話を省略しなくちゃなあ。
オジさんとヤマザワと別れて家に着いた。
おばあちゃんがもうお風呂を沸かしておいてくれた。服を脱いでいると、台所からかあさんの声が聞こえた。
「ヨースケ、お風呂から出たら、干してある洗濯物を入れてちょうだい。今夜はカレーよ」
おじいちゃんとおばあちゃんの家の物干しは二階にある。ここからは雷電山のほうもよく見える。
空がゴロゴロ鳴り始めた。
黒い雨雲がぐーっと下がってきて、山の上のほうを覆っている。もう、電力会社の無線反射板も見えない。
黒雲の中でカミナリが光る。風が吹いて、ポツポツ雨が降り始めた。
その夜、ぼくは少し怖い夢を見た。
真っ暗な山の中で、クマとサルとイノシシと、おじいさんとガイコツが動き回っていた…。
次の週、学校ではヤマザワが「白骨死体発見」と「幽霊目撃」の話をふれ回っていたが、あまり相手にされなかった。新聞にも白骨死体の記事は出なかったからね。
いま考えると、オジさんの「死体捜し」の話も、ぼくを山に連れて行って面白がらせるための口実だったんだと思う。
オジさんはバイトが続いているのか、このところ図書館に姿を見せない。
ヤマザワはもう一度、黒神山の先まで行こうと張り切っている。
「今度はクラスのコジマもフジイもイマイも一緒に行くってさ。おまえには霊感があるんだよ。おまえが行かなくちゃ話にならねえよ」
生きた人を救助したなら「お手柄の小学生」かもしれないが、いくら死体を見つけたって新聞に名前は載らないと思うんだけど…。
今度はオジさんもかあさんも賛成しないだろう。だけどヤマザワはあきらめそうもない。
困ったなあ。
その夜、またひどい雷雨になった。山の中は水が増えていることだろう。
ぼくはまた、あの谷川のことを思った。
(おわり)
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