2006年9月12日 (火)

連載少年冒険読みもの「山の中」第10回

 たっぷり一時間半ほどして、ようやく四人の警官がやってきた。

 貫録のないヒョロい私服の人が一人。それと捜査のための荷物をいろいろ背負った制服警官が二人。もう一人は鑑識係のようだ。
 私服の人は佐藤と名乗った。オジさんが手際よく説明して現場に案内した。

 警官たちは白骨死体の所まで下りていって、写真を撮ったり、メジャーで尾根道からの距離を測ったりしている。
「佐藤部長、革の靴もありました」などと声がする。

 尾根で見守っていたぼくたちの所まで佐藤部長が上がってきて、オジさんに話しかけた。
「イシによる自殺ですな、やはり」
 イシ? イシってなんだ?――あとで辞書をみたら「縊死」、つまり首をくくって死ぬことだって。
「署に運んで調べます。おそらく、県内か近県から出ている失踪者の捜索願の中に、該当者がいると思うんですがね」
「そうですね」
「しかしこのへんは、このあいだの登山者の行方不明騒ぎでよく捜したはずなんだがなあ。こんなものが出るとは…」
 日のあるうちに遺体や遺品を収拾するという。

 ぼくたちは警官たちを残し、ひと足先に山を下りることにした。

 朝から歩いて登ってきた山道。帰りはなんだか気が抜けて、三人とも言葉少なだ。ただ黙々と歩く。
 登山口の公園にたどり着いたときには空模様もあやしくなり始めていた。

 きょうの出来事をかあさんに話さなくちゃならないな。できるだけ心配させないように話を省略しなくちゃなあ。

 オジさんとヤマザワと別れて家に着いた。
 おばあちゃんがもうお風呂を沸かしておいてくれた。服を脱いでいると、台所からかあさんの声が聞こえた。
「ヨースケ、お風呂から出たら、干してある洗濯物を入れてちょうだい。今夜はカレーよ」

 おじいちゃんとおばあちゃんの家の物干しは二階にある。ここからは雷電山のほうもよく見える。
 空がゴロゴロ鳴り始めた。
 黒い雨雲がぐーっと下がってきて、山の上のほうを覆っている。もう、電力会社の無線反射板も見えない。
 黒雲の中でカミナリが光る。風が吹いて、ポツポツ雨が降り始めた。

 その夜、ぼくは少し怖い夢を見た。
 真っ暗な山の中で、クマとサルとイノシシと、おじいさんとガイコツが動き回っていた…。

 次の週、学校ではヤマザワが「白骨死体発見」と「幽霊目撃」の話をふれ回っていたが、あまり相手にされなかった。新聞にも白骨死体の記事は出なかったからね。

 いま考えると、オジさんの「死体捜し」の話も、ぼくを山に連れて行って面白がらせるための口実だったんだと思う。
 オジさんはバイトが続いているのか、このところ図書館に姿を見せない。

 ヤマザワはもう一度、黒神山の先まで行こうと張り切っている。
「今度はクラスのコジマもフジイもイマイも一緒に行くってさ。おまえには霊感があるんだよ。おまえが行かなくちゃ話にならねえよ」
 生きた人を救助したなら「お手柄の小学生」かもしれないが、いくら死体を見つけたって新聞に名前は載らないと思うんだけど…。
 今度はオジさんもかあさんも賛成しないだろう。だけどヤマザワはあきらめそうもない。
 困ったなあ。

 その夜、またひどい雷雨になった。山の中は水が増えていることだろう。
 ぼくはまた、あの谷川のことを思った。

(おわり)

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2006年9月 4日 (月)

連載少年冒険読みもの「山の中」第9回

「おーい、ヨースケくーん」
「おーい」

 上のほうからオジさんとヤマザワの声がする。

「だいじょうぶか」
「ケガないか」

 ぼくはもう、尾根の登山道から四、五十㍍の所まで来ていたらしい。

 二人は下りてきて、白骨死体にびっくりしている。

「こりゃあ、首つりだな。ヨースケくん、えらいもの見つけたな」
オジさんは、松の枝からぶら下がっているロープを見ている。
「あのロープの結び目の所、ほら、頚椎――首の骨がひとつ残って、挟まってるだろう。とにかく警察に知らせなくちゃ」

 オジさんは事件記者をしていた若いころ、警察署のガレージでこんなバラバラ白骨死体を見たことがあるという。現場から運んだ骨を、警官たちが組み合わせるのだそうだ。

 オジさんのケータイの電波が「圏外」なので、ぼくたちはひとつ手前の山のてっぺんまで戻った。

 オジさんが警察に電話して事情を説明している。
 だけど警官がここまで登ってくるのには、ずいぶん時間がかかるだろう。
 仕方ないので、ぼくたちは休みながらいろいろな話をした。
 持ってきたお弁当やお菓子も食べながら。

 ヤマザワとオジさんが尾根道から下りていって、なぜしばらく戻らなかったかというと――
「いやあ、オレ、急におなかが痛くなっちゃってさ。キジうちしてたんだ」とヤマザワ。
「紙がないから葉っぱでふいたら、ヒリヒリするよ」
 なんてヤツだ。

 いつも元気なオジさんもちょっと疲れた様子だ。
「ヨースケくんのおかあさんには謝らなくちゃならないな。危ないことはさせないと約束したのに…」

 でも、それからまた講釈が始まった。

「あの白骨死体のことだけどね。じつは自殺というのはものすごく多いんだ。不幸な死に方というので、みんながよく知っているのは交通事故だね。日本では毎年、交通事故で約七千人の人が死ぬ。ところが自殺する人はその四倍、三万人以上いるんだ。毎年毎年だよ」
 とすると一日平均で八十人以上か。たしかにすごいな。
 オジさんによると、その自殺のほとんどは(有名人や特別な死に方を除いて)新聞記事にもならないそうだ。

 ぼくは、いまは骨だけになってしまった、あの背広の男の人のことを思った。

 どんな人だったんだろう。
 なんで死んだんだろう。
 奥さんや子どもはいなかったのかな。

 大人になって生きていくってことは、なんだかたいへんそうだなあ。

 結局、行方不明のおじいさんのことは何の手がかりもなかったなあ――と話が進みかけたところで、ぼくはあの谷川で見た(と思う)おじいさんの話をするべきかどうか少し迷ったんだ。
 でも黙っていられなかった。
 一人で抱え込んでいるのも怖かったしね。

 ぼくの話に二人は少し目を丸くしていた。
「おまえ、サルでも見たんだろ。それとも、ユ、ユーレイか!」とヤマザワ。
 オジさんは「うーむ」と考え込んでいた。
「そんなことがあるのかなあ。いや、そういう超自然的なこともあるかもしれないなあ」

(つづく)

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2006年8月28日 (月)

連載少年冒険読みもの「山の中」第8回

 そのときだ。
 谷川の向こうの林の中に、人が立っている姿が見えた――ような気がした。

 大人だ、と思う。
 オジさんか? あんな遠い所まで下りちゃったのか? 
 どうやって谷川を越えたんだろ?

 ――いや、違う。オジさんじゃない。

 あれは、新聞に載った写真で見たことのある顔――行方不明のあの、おじいさんじゃないか?
「おっ、おっ」
 ぼくは声にならない声を出しかけた。おーい、と叫ぼうとしたんだ。

 でもその瞬間、髪の毛が逆立つような恐怖に襲われた。

 あのおじいさんは行方不明になって、十日もたって、無傷で生きているはずはないんだ。
 だからぼくたちは死体を捜しに来たんじゃないか。

 生きているはずのないおじいさんが、ぼーっとした目でぼくのほうを見た――ような気がした。

「わっ、わああ!」
 ぼくは山の上のほうへ駆けだした。
 大きな岩場にふさがれていたが、わずかな岩のすき間を見つけて、ぼくは必死でよじ登った。手のひらを少しすりむいたけど、もう痛さも感じない。手袋をしておけばよかったなと、頭の中でちらっとは思ったけど。

 とにかく高いほうへ行かなくちゃ。
 尾根道はまだか。

 あわててつまずいた。
 布のようなものに足を取られたんだ。
 松の木の根元に両方のひざをぶつけた。今度は思いきり痛かった。だれだ、こんな所に洋服を捨てたヤツは!

「うーん」と痛みをこらえながら目の前を見たら、変なものが転がっていた。

 白っぽくて丸いもの――テレビで見たことが…そうだ、上野の科学博物館でも見たことがある――ヅガイコツ? 人間の頭がい骨がなんでこんな所に?

 ぼくはもう怖いのを通り越して、不思議に冷静な気持ちになってきた。
 あの世のおじいさんより、この世の頭がい骨のほうが、まだマシだ。ちくしょう。

 まわりにはほかの骨らしいもの――腕なのか、脚なのか――も散らばっている。バラバラ白骨死体?

 あのおじいさんの死体なのか? 
 いや、まだ白骨になるのは早すぎるだろう、たぶん。
 それにさっきのボロボロの布切れは、男の人の背広のようだ。山歩きのおじいさんとはぜんぜん支度が違う。
 ぼくは別の人の死体を見つけてしまったのか?

 頭の中がぐるぐる回転して、この事態を整理しようとしている。
 どっちにしろ、事件だぞ、こりゃあ。

(つづく)

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2006年8月16日 (水)

連載少年冒険読みもの「山の中」第7回

 もうどれくらい歩いたのか分からなくなってきた。

 木に目印をつけながら歩けばよかった。うちからビニールテープでも持ってきてれば、と思ったが、こういうのを後のまつりというんだな。
 自分の歩いているのが、けもの道かどうかもあやしくなってきた。
 ただヤブをかき分けているような感じだ。

 完全に迷った。まずい。

 もとの尾根道へ戻ろうと歩けそうな場所を探したけど、どうやら大きな岩場の下へ回り込んでしまったみたいだ。
 上へ登ろうとしても、すき間が見つからない。

「落ち着け、落ち着け」
 自分に言い聞かせる。心臓は少しドキドキいってる。

 倒れた木の上に座って、ぼくは考えた。

 ケータイ電話と地図は―オジさんが持っている。
 磁石は―百円ショップで買ったのを持っているが、北がどっち側なのかが、だいたい分かる程度だ。
 時計は持っていない。いま何時なのか。まだお昼前なのか。それともお昼をすぎたのか。
 林の中はただ薄暗いだけだ。

 デイパックから、お昼に食べる予定のお弁当を取り出した。
 かあさんのつくってくれたおにぎりを口に入れてみた。
 うまい。
 かあさんは料理が上手だ。
 きょうぼくが帰れなかったら、かあさんはひどく心配するだろうな。
 そういえばヤマザワはヘッドランプとか寝袋とか、非常用のカンパンとかまで持っていたなあ。ぼくもあんなものを持っていればよかったかなあ。
 だけど、こんな山の中で、一人きりで夜を迎える自分を想像したら、ブルッとした。
 なんとかして帰らなくちゃ…。

 音が聞こえる。

 気のせいかと思ったけど違う。
 山の下のほうから聞こえる。
 水の流れる音だ。川があるのか?

 ペットボトルの水を飲みながら音のするほうへ行ってみると、岩の下が崖になっている。
 わあ、知らないで下りてたら転落するところだったよ、とすくんだ瞬間、うっかり手からペットボトルを落とした。
 ペットボトルは崖下へ転がった。

 カラン、カラン、コロン…

 水の流れはここからは見えないけど、やっぱり細い谷川があるんだ。

(つづく)

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2006年8月 8日 (火)

連載少年冒険読みもの「山の中」第6回

 ここが黒神山!?
 そうだ、あのバラバラに壊れた標識に、確か「黒神山」って書いてあったぞ。

「あの標識を壊したのは、たぶんクマだな」
 えっ! またオジさんったら、子どもを怖がらせようと思って…。
「よく見てごらん」
 ぼくとヤマザワはその標識の、バラバラになった木材の上にしゃがみこんで見てみた。
 細かい裂け目に、獣毛というのか、黒くて短くて硬そうな毛が何本も挟まっている。
 ホントに? クマの仕業なのか?
「ヤツらはなぜか、山の中に人間がつくった人工物を憎むらしいんだ」
 やばいよ。素手で木材をこんなにバラバラにするなんて。人間わざじゃないよ。あ、クマわざか。

 ヤマザワもさすがにビビッたのか、と思ったら突然立ち上がった。
「こんなハイキングコースをいくら歩いてたって、死体なんか見つからねえよ。警察や消防団がもうさんざん調べたんだろ」
 そう言うと、尾根の登山道から飛び下りて、右の斜面の林の中へ入っていった。
「あっ、だめだよヤマザワくん。一人で勝手に行っちゃ。危ないよ、こらっ!」
 オジさんがヤマザワを止めようとあとを追う。
「ヨースケくんはここにいて。ぜったい動いちゃだめだよ」
 ええ? どーしたらいいんだ。ヤマザワのバカ!

 二人が下りていった林の中は見通しが悪い。ヤマザワと、それを追うオジさんの足音が聞こえる。落ちた枝をパキパキと踏み割る音だ。

 すぐにそれも聞こえなくなった。

 突然、一人残されたぼく。
 静かすぎるくらい静かになった。

 いや、鳥の声と、虫がジージー鳴く音だけは聞こえる。
 なんていう鳥か、なんの虫かはぼくには分からないけど。

 高い木の上のほうで、枝がこすれあう音がする。
 風があるんだ。
 木立のあいだに見える空は、ほとんど雲に覆われている。
 天気が悪くなるのかなあ。

 十分たった。
 いや、ぼくは時計を持っていないので、ホントは五分かもしれないし十五分かもしれない。
 山の中に一人でいたら、時間の長さなんて分からなくなっちゃうよ。

 二人は林の中を下りていったきりだ。
 どうしたんだろう?
 なにかあったのか?

 いても立ってもいられなくなって、ぼくも尾根の登山道から林の中へ飛び下りてみた。
 すると、道とはいえないような道のような、うっすらヤブをかき分けたスジあとがある。こういうのをけもの道というのだろう。
 二人はここを歩いていったんだ。

 よし、ぼくも行ってみよう。

「おーい」
 十㍍ごとに立ち止まって声を出してみる。
「おーい。オジさーん。ヤマザワあー」

 けもの道は林の中をどんどん下へ向かっていく。あまり行きすぎると戻れなくなりそうだけど、オジさんとヤマザワのいる気配はまだない。
 いったいどこまで行ったんだよ。

(つづく)

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2006年8月 1日 (火)

連載少年冒険読みもの「山の中」第5回

 スギやヒノキの植林に囲まれた尾根道は、なんとなく薄暗い。もう平地の景色も見えない。
 朝のうちは明るかった空も、少し雲が増えてきたみたいだ。

 雷電山のてっぺんから、ぐーっと一回下る。せっかく登ってきたのに、その分また下って、また登るんだ。
 オジさんによれば、これを繰り返すのが「山岳縦走」というものだそうだ。

 次の山のてっぺんには、電力会社の「無線反射板」というのが立っていた。ちゃんと説明が書いてある。非常時の通信に使うものらしい。
 まちから見て、山の上にベニヤ板みたいなものがあるのは、ぼくも気がついていた。こうやってすぐ近くで見ると、畳十枚、いや二十枚分くらいはある。大きなもんだな。
 まわりは岩場で、松の木が何本かある。

「じつはオジさんが高校生のときに、ここで首つりがあってさ。クラスのみんなで見に行ってみようって、放課後に登ったことがあったのさ」
 もちろん、死体は警察が片づけたあとで、ここまで来てもなんにもなかった―って。あたりまえだろ。高校生って、けっこうバカだなあ。
 ここからまた下って、また登る。ときどき遠くの山並みが見える。うわあ、ホントにずっと山がつながってるんだ。

 それからまた二つくらい山を越えた。もうすっかり山奥って感じで、すれ違う人もいなくなった。

 やけにボロボロの、道案内の標識が立っていた。
 近づいて見てみると、「黒神山」「城沢峠まで1㌔」とやっと読める。
 しかしひどくバラバラに壊れた標識だな。
 狩猟をするハンターが、散弾銃をぶっ放して壊したら、こんな感じになるかもね。

 オジさんは「ここでひと休みだ」と言いながら、また話し始めた。
「じつは雷電山友の会の会長さんに会って、少し話を聞いてきた。会長さんはもと校長先生だった人なんだ」
 オジさんが仕込んできた「新聞には出ていない話」というのはこうだ。

 行方不明になったおじいさんというのは、体は丈夫だが、認知症っていうのかな? ちょっとボケが始まっていたらしい。
 そのことはまわりの人もうすうす気がついていて、雷電山でおじいさんに最後に会った人も、「一人で山道を歩いて大丈夫かな?」と心配に思ったそうだ。
 もうひとつ。
 そのおじいさんは山の中で必ずキジうちをする癖があって―知らない? ウンコをすることだって―登山道から外れて山林の中へ入っていってしまうことがよくあったんだって。
 なるほど。いかにも遭難しそうだなあ。

 話はさらにもうひとつ。
 友の会の会員の知り合いに「霊能力者」がいて(ホントかな?)、おじいさんの居場所を占ったんだって!
「そしたら、おじいさんはやはりもう亡くなっているんだけど、黒神山から城沢峠のあいだにいるっていう<お告げ>があったんだとさ」
 へええ!
「ここがその黒神山だ」

(つづく)

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2006年7月25日 (火)

連載少年冒険読みもの「山の中」第4回

 日曜日がやってきた。
 オジさんとぼくのほかにもう一人加わり、「死体捜索隊」は三人になった。

 三人目はぼくのクラスのヤマザワだ。
 こいつは体は小さいがスポーツ万能で、けっこう女子に人気がある。
 小学生のくせに学校に腕時計をしてきて、先生に目をつけられたりしている。そういうトッポイところがモテるのだろう。
 単純で乱暴だけど悪いヤツではない。転校生のぼくに最初に話しかけてきてくれたのもヤマザワだ。

 クラスで「死体捜し」の話をしたら、「雷電山登るの? 遠足で行ったことあるけど、けっこう急だよ」とか「きついよ」とかいう根性のないヤツばかりだ。のってきたのはヤマザワだけだった、というわけ。
「もし死体見つけたら、『お手柄の小学生』とか新聞に載るかもしれねえな。よーし、万一に備えて非常用食料とかヘッドランプとかも必要だな」と張り切っていた。
 万一のことって、いったいなんだ?

 登山口の公園にやってきたヤマザワは、ボーイスカウトの兄貴に借りたという寝袋まで背負っている。
 日帰りの山歩きだというのに、どーするつもり? 調子に乗りすぎだ。

 雷電山の登りはホントにきつかった。
 ヤマザワが先頭をヒョイヒョイ登っていく。オジさんはいちばん後ろからペースを守って歩いてくる。
 木漏れ日っていうのか、ところどころ日が差す登山道はヒンヤリ涼しいけど、けっこう汗かくなあ。
 日曜日のせいかハイカーもたくさんいる。すれ違うたびに「おはようございまーす」とあいさつするのが忙しいくらいだ。

 雷電山の山頂には一時間ほどで着いた。
 山頂のちょっとした広場には雷電様をまつった石のほこらがある。そのまわりで五、六人の人が休んでいる。
 こっちは南東側になるのかな、山頂の半分ぐらいが木立もなく開けている。
 へえ、いい眺めだ。
 まちの中心部が全部見えるぞ。
 川がある。橋がある。ガスタンクがある。線路がある。あのJRの駅の向こう側が光小のあるあたりだろうか。

 いや、ゆっくりはしていられない。捜索隊の活動は始まったばかりだからな。
 行方不明になったおじいさんが最後に目撃されたのはこの山頂だったという。友の会の知り合いと言葉を交わし、いつものように北へ続く尾根道を一人で歩いていったんだ。
 ぼくたちもそのコースをたどった。

(つづく)

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2006年7月18日 (火)

連載少年冒険読みもの「山の中」第3回

「かわいそうだが、おじいさんはもう生きてはいないと思う」とオジさん。
「何らかの事情で遭難して、動けなくなったか、谷にでも落ちたか…」
 ソーナン? 
 遭難なんて、北アルプスとか谷川岳とか、そういうすごい山でするもんじゃないのか?
「どんな山でも遭難の危険はあるんだ。登山道から外れたり、けもの道で迷ったり、転落したり、クマに襲われたり」
 クマ!
 クマがいるのか? こんな住宅地に近い里山に―と、さらに驚くぼくに、オジさんの解説はいよいよ長くなった。

 結論を言うと、まちから見えるあの山地には、クマもサルもイノシシもいる。
 山のそばの家では、クマにクリの木の枝を折られたり、イノシシに畑を掘り返されたり、サルに台所に侵入されたりするんだってさ。
 で、そういう野生のけものたちは、山の中を一日で何十㌔も移動することもあるのだそうだ。

「じゃあ、行方不明のおじいさんは、もしかしてクマに襲われたかもしれないの?」
「いや、北海道のヒグマはともかく、本州のツキノワグマが積極的に人間を襲うことはない。クマのほうが臆病だから、人間の気配がすれば逃げていくよ。でも、人間の死体があったら、エサだと思って食べちゃうことはあるかもしれないなあ」
 怖いことを言うねえ。
 どっちにしろ、おじいさんが死んでいるとすれば、死体はもう腐り始めているだろう。
 その死体を捜しに行こうという、なんとも不謹慎な計画だ。
 おじいさんとご家族には申し訳ないけど、怖いもの見たさという気持ちは、強烈だからなあ。

「オジさんは土曜日がバイトだから、日曜日にしよう。一緒に行く子がいたら連れておいで」

 ぼくからすればオジさんはかあさんの同級生。オジさんからすればぼくは同級生の息子だ。
 妙な関係だけど、お互いの「身元」がはっきりして、つきあいやすくなった。

 その夜、かあさんはオジさんと電話で話していた。
「うちの息子をよろしく頼むわよ。あまり危ないことさせないでね」
 かあさんには、まさか「死体捜し」だとは言えない。オジさんに山歩きに連れて行ってもらうんだ、ってことにしてあるのさ。

(つづく)

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2006年7月11日 (火)

連載少年冒険読みもの「山の中」第2回

 初めて会ったとき、オジさんは図書館の児童書コーナーにいた。ぼくはポプラ社の『ズッコケ三人組』の、まだ読んでいないのを探しに来たのだった。
「きみも『ズッコケ』読むの?」とオジさんは話しかけてきた。
「『ズッコケ』では何が好き? オジさんは『財宝調査隊』と『恐怖体験』が好きだ。あと『探検隊』とか『心霊学入門』とか、初期の冒険ものがいいなあ」
 あやしい危ない人なのか、ただの気のいいオッサンなのか。ぼくも困ったよ。

 昼間の図書館にはヒマそうな大人の男の人がたくさんいる。特に雑誌の閲覧コーナーは、定年をとっくに過ぎたような、おじさん、というよりおじいさんがゴロゴロしている。
 だけどこのオジさんは、まだ五十歳前じゃないかな? いわゆる働き盛りの年ごろだと思うけど、いったいなにやってる人なの?
 次の日には図書館の前のベンチの所で会った。ぼくが、まだこのまちに引っ越してきたばかりだと言ったら、オジさんはこのまちの人口とか学校の数とか、山や川のこととかをいろいろ教えてくれた。

 家でかあさんと話していてビックリしたよ。あのオジさんの名前を言ったら、同級生なんだって、かあさんの小学校、中学校のときの。
「あの子、勉強できたのよ。学級委員だった。たしか地元のローカル新聞社のデスクをしてたそうだけど、会社を辞めちゃって、フリーターみたいなことやってるらしいわ」
 へえ。かあさんと同い年なら四十六歳か四十七歳だ。奥さんも、大学生になった子どももいるという、中年フリーターだってさ。
 かあさんも、都落ち―いや郷里へ帰って、昔の友達とお昼を食べに行ったりするうち、いろいろな情報が耳に入るらしい。
「まあ、うちの話も、いろいろ広まってるんだろうけどね」
 なるほど。それが田舎暮らしというものか。

 その元新聞社デスクのオジさんが、いつもの図書館前のベンチで切り出した「死体捜し」の話というのはこうだ。

 このまちは関東平野の端っこにあって、北にはすぐ山地が迫っている。
 この山並みは、栃木県の足尾や日光のほうまで、ずーっとつながっているそうだ。
 そのいちばん手前に、このまちのどこからでも見える雷電山という山がある。標高五百㍍くらいの、誰でも登れる里山だ(もちろんぼくはまだ登ったことはないけど)。
 中高年の山歩きブームとかで、毎日登る人もたくさんいて、「雷電山友の会」という愛好会もあるそうだ。

 その友の会の会員でもある七十六歳のおじいさんが行方不明になったのが、一週間前のこと。新聞にも顔写真つきの記事が出ていた。
 新聞によると、おじいさんはいつも一人で雷電山に登り、山頂から北へ尾根伝いに約四㌔離れた城沢峠まで歩き、そこからまた二㌔歩いて下山して、市営バスで帰ってくるのを日課にしていた、という(オジさんもこのコースは何度か歩いたことがあるんだって)。
 老人としてはかなりの体力だな。
 市営バスは、七十歳以上だと無料パスが使えるんだ。

 ところがその日、おじいさんは帰らなかった。
 翌日、家族が捜索願を出した。
 それから一週間、警察も消防団有志も、友の会の仲間たちも山に入って捜したけど、見つからない。持っていた荷物も落ちてないんだって。

 この行方不明事件は学校でも話題になっていた。
「神隠しだ」とか古臭いことを言うヤツもいたし、「うちのオヤジが言ってたけど、ホントはとっくに下山してて、どっかに隠れてるんじゃねえの?」とか無責任な推理をするヤツもいた。

(つづく)

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2006年7月 4日 (火)

連載少年冒険読みもの「山の中」第1回

「ヨースケくん。あの事件は知っているだろう」
 オジさんはいきなり切り出した。五月の木曜日の放課後のことだ。
「死体を捜しに行ってみようか」
「え、ええ?」
 ぼくはすぐには返事ができなかった。
 オジさん、ホントに本気なのか? でも、ちょっとおもしろそうかも!という気持ちもぼくの中にあったから。

 オジさんとはこの春知り合ったばかりだけれど、最近、毎日のようによく会う。

 ぼくの名前は齋藤洋介。群馬県内の市にある光小学校に通う六年生だ。
 生まれたのは神奈川県の横浜市郊外で、この三月までは、かあさんと姉ちゃんと三人で川崎市の多摩川のそばに住んでいた。
 かあさんととうさんは、ぼくが二年生のときに離婚して、それ以来うちは母子家庭というわけ。
 群馬県のこのまちには、かあさんの実家があって、おじいちゃんとおばあちゃんが住んでいる。ぼくも毎年夏休みには遊びに来ていた家だ。
 おじいちゃんが入院したのをきっかけに、ここへ一家で引っ越してきた。

 ところで齋藤という名字(うちは離婚してもとうさんの名字を名乗っている)はどこにでもある、ありふれた名字だけど、この「齋」の字を書ける人は少ない。「斎藤」と書ける人はまだいいほうで、思いきり略して「斉藤」なんて書く人もいる。これじゃ、セイトウじゃないの?
 新しい学校の担任は、まだ若い女の体育の先生で、六年生の一学期に転校してきたぼくをクラスで紹介するのに、黒板に「斉藤」と書いた。ぼくが「齋藤」と書き直したら(いきなりやりすぎかなとは思ったけど)、目を丸くしていた。先生やクラスのみんなには、ちょっと生意気なヤツだと思われたかもね。
 四年生のときの通知表には「分析力が秀でている」と書かれた。五年生のときは「クラスいちばんの読書家で理論家」と皮肉っぽく書かれた。ようするに、かわいくない理屈屋っていうこと?

 ぼくも姉ちゃんも転校は三回目だ。
 引っ越しのとき、かあさんは「あーあ、とうとう都落ちかあ」とため息をついていたっけ。でも、おじいちゃんの具合も思ったよりいいらしく、かあさんの気持ちも落ち着いてきたみたい。このまちでパート仕事を探しているようだ。
 姉ちゃんも前の学校の友達と別れるときは泣いていたけど、今では小学校と地続きの光中学校に元気に通っている。女の友情は、わりとさっぱりしているからなあ。
 ぼくは家族の中ではいちばんクールだといわれている。それでも内心、やっぱりさびしかったよ。転校したばかりで友達もいないし。
 そんなとき、学校の帰り道にある市立図書館で出会ったのが、オジさんだった。

(つづく)

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